親族宅に到着

幼稚園の頃のブラジル滞在の記憶が蘇ってきます。同じ場所で近所の町並みとか雰囲気は当時とかわらずです。子供の頃にゴムの焼けた匂いや機械オイルの匂いをがするとブラジルを思い出した時期があったのですが、今回分かったのですが。お隣さんが自動車整備工場でした。視覚よりも匂いでの記憶も鮮明に残るもんです。懐かしい匂い。。

部屋

3人分のベッドメイクもしてくれていました。

多在中はゆっくりと過ごせそうです。

到着後、その日は疲れて寝てしまいました。時差ボケがしばらく続いて、酷くて頭がボーッとしててすっきりしませんが。。

近所のスーパー

バナナ

売り方が迫力あります

パシャリ

イェイ

なんと日本で見た事ないダノンビオ。

パシャ

変な人じゃないですよ。商品の陳列をしてるスーパーの店員さんです。かなりリラックスした状態です。こういうのも日本では見かけないですね。

レジの人も基本は椅子にすわりながらの仕事でのんびりとって感じでした。

ポン・de・ケージュ

このチーズたっぷりのちっこいパンが近所のスーパーの中のパン屋さんで売っているのですが、それがかなり美味しかったので滞在中は良く食べてました。姉いわく以前に日本でも流行ったみたいなのです、自分は初めて食べました。後日、日本に戻った時にスーパー内にあるパン屋でみかけて早速購入して食べたのですが、全然違いました。うん、チーズが違うのかな?物足りないです。。

全体的にチーズやアイスの乳製品が凄く美味しかったです。後シュラスコの牛肉が全体的に美味しかったです。日本での霜降りの牛肉も大好きなんですが、ブラジルで食べた牛で赤身肉に目覚めました。臭みも無くて脂身も無いのに肉の味がしっかりとしていました。何が違うんだ?鮮度?

ブラジル牛肉で検索したら生産量が世界第二位だったので、美味さの理由は新鮮な良い肉がお手頃な価格で市場にでてるんでしょうか。

それから、スーパーのガッツリとデカいサイズでその上手頃な価格のアイスがあるんですが、濃厚なミルクの味と、ココナッツ味にマンゴー味とパイナップル味の果実も濃厚でどれも美味しかったです。

日本だと果物が高いからかちょっと果汁が多い商品はプレミアムとか大人なとかって付けられて高級なものにされちゃいますよね。。になみに苺は日本の物には勝てませんでした。

普段アイスは食べないのですがこれなら定期的に頂きたいです。

手作りプレート

ちょっと見た目はグチャグチャですが、、温めたポン・デ・ケージュにスーパーの三種類のアイスに苺を添えて完成。これは、上にミントをのっけて苺ソースをかければ、豪華なスイーツプレートになっちゃいます。

ビュッフェのフルーツも苺やマンゴーにパパイヤがゴロゴロしててました。日本のビュッフェのフルーツといえばパイナップルやレイシやメロンっぽい瓜の価格のおさえたものが多いですよね。見栄えが全然違いました。

パパイヤもそこまで好きではなくあまり食べないのですが、挑戦したらイケました!かなり美味しかったです。

ブラジルでは基本的にビュッフェや量り売りのレストランでした。広大な土地なので野菜やお肉が多量に生産されてるんでしょうか。。

野菜も鮮度が良く豪華な内容で美味しかったです。日本ではレストランのサラダバーではお決まりの内容ですね、レタスにキャベツにブロッコ、トマトで。

父の姉

今回のブラジル旅行のメイン、実はお墓参りです!

父の姉夫婦がブラジルに移り住んでもう50年以上。その間に父が1度ブラジルへ(その時に自分もおばさんに初対面)、姉夫婦が2度日本へ帰国と移民後は3度しか会うことができませんでした。

かなり遠い国ですから。

前回行った時はとんでもない価格の旅費でだったそうです。

JALは破綻前までは赤字運行での直行便を続けてたみたいです。現在は無いみたいです。今は経由便しかないですが色々な航空会社があり価格も凄く安いです。

とその話を友人にしたら

以前に友人が就職活動でJALの説明会に参加した時に、担当者だかが「私達はたとえ赤字でも利用してるお客様がいる限り運行を続けます!」とかってブラジル路線のアピールをしてたらしいのですが、そんな事してたから破綻したんだろうなと話していました。確かに利用者としてはありがたいのですが。

ブラジルにも日本企業があったりだとか日系人の行き来が盛んでしょうが採算が合わないものなんですね。

親族がブラジルへ移住した当時は、大阪から船で一ヶ月かけて、どこかの国を経由しての大変な移動だったみたいですね。

今は自分の姉も旦那の仕事でヨーロッパ方面やアメリカで生活したりしてますが、Skypeにfacebookで手軽に電話やメールも出来るし、ちょいちょい帰ってくるので世界中どこに行っても離れている気分はしません。ですが、当時は手紙や国際電話もそう簡単のものでは無かったので大きな別れだったのかなって想像してしまいます。

父は以前から歳も歳だし亡くなる前にもう一度姉だけでも姉に会いたいと何度も言っていました。

母の体調が悪くなかなか行ける状況では無かったのですが、落ち着いたら姉さんに会いに行きたい!父は話していました。

そんな中でおばさんが亡くなったと一報を受けました。

父の子供の頃

戦争で父親を無くした父は母親と歳のは離れた兄弟達に面倒を見て貰って育てられてようです。

特にとしの離れたお姉さんに可愛がってもらってたみたいですね。

戦時中に生まれて、その後の沖縄は相当貧しかったようで、食べ物がなくて毎日お腹がすいている状態だったそうです。来る日も来る日も芋ばかりを食べ、栄養不足の生活だったとか。

それを心配した父の姉が当時中学校で米軍から支給されている自分の分のビタミン剤を父に飲ませたそうです。

そんな思い出話しを聞きながら、ブラジルからの姉の電話を楽しみにし嬉しそうに話す父親をみてたら早く会わせてあげたいと思っていました。

ですが、叶いませんでした。

なので、今回は墓参りと三世まで増えた親族に会うために行く事になりました。

こんな遠い国で自分の親族が広がってるって結構嬉しいもんですね。初めて会う三世達!日本語は話せません!二世の親族が日本語を話すことが出来たのでなんとか大丈夫でした。

三世の子達はもう完全に向こうの子達です。ポルトガル語と英語で話す三世が一世にむかって!オジー!と(笑)沖縄の方言で

これ、かむん(食べる)? かまん(食べない)?と話かけてる様子は面白かったです。

お墓参りへ

凄く綺麗な場所です!天気も気持ちいいです。日本や沖縄のお墓とは全然雰囲気がちがいます。

せっかくこんな遠い国、ブラジルに来たのに会えないって寂しいですね。

もう少し早く来る事が出来ればと、親族宅での父の姉が写る家族での写真を見ると、ここに居たのにという実感が湧いてきて悔しい気持ちになりました。

お墓参りと生きての再会と全然意味が違いますね。無理してでも会わせてあげるべきでした。

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